僕は平成元年に、長岡京市に引っ越してきた。その後大山崎町に移り、天王山のふもとの団地の住民になった。そして気分転換のためと運動不足を解消するために、身近な天王山を登るようになった。早いもので、天王山に登り始めて三十年以上の月日が経ったんだなあ。
登り始めたころは、宝積寺から酒解神社を経由して山頂まで歩き、同じ道を下山していた。登山道にはすべりやすい濡れた落ち葉とか、露出した岩や木の根などがあるから、足元に注意して歩かないと転んでしまう。僕が天王山にひんぱんに登るようになった理由の一つには、歩くことに集中するので無心になれることもある。黙々と山道を歩いていると、仕事を中心とした日常をつかの間忘れられる。そのころは、野鳥や草花を観察することに興味はなかったので、まわりの景色を気にとめることもなく、ただ歩くことに集中して早足で登り、急いで下山するだけの味気ない単調な山歩きだった。
何回も登って山に慣れてくると、次は違った道を通って登りたくなる。一般的な椎尾神社や小倉神社から登るコースはもちろん、ほとんど人が歩かないような、けもの道みたいなところも歩きまわった。歩けそうなところを見つけては、たどり着く先を想像しながら尾根や谷筋を歩いた。ささやかな探検をしているようで、歩くことが面白かった。時間に余裕のある時は山頂を通り越して柳谷観音まで行き、さらにそこから山道に入ってゴルフ場の横を通り、釈迦岳を通過してポンポン山に登る。下山時は神峰山寺の方に下り、バスで高槻駅に帰るという長いコースを歩くこともあった。
昆虫好きの友人といっしょに比良山系や鈴鹿の山々に登るうちに、昆虫や樹木を観察することに興味を持つようになった。また、天王山のふもとで毎月開催される小さな探鳥会に参加するようになってからは、どこにいても野鳥の声や姿を気にするようになってしまった。自然を観察することが楽しくなると、それまでのいろんな山道をたどって地図を塗りつぶすように天王山を歩きまわることがつまらなく思えるようになった。
足元ばかり気にしながら早足で歩くことはやめて、まわりをながめながらゆっくり歩いてみる。時々立ち止まり、耳をすまして小鳥の声を聴く。大木は根元から梢の先までしっかり見よう。枯れた倒木には、変わったキノコや面白い昆虫がいるかもしれない。自然は季節によって移り変わり、春夏秋冬一年中楽しめる。観察するものがいっぱいあるので、何度登っても飽きることがないよ。自然観察が目的の山歩きをするようになると、どこにでもあるような低い山でも何かしら面白い発見があるものだ。
天王山は標高270mしかない低山だけれど、意外に変化に富んだ山なんだよ。アベマキやコナラの落葉広葉樹、ツブラジイやアラカシの常緑広葉樹、アカマツの林、モミやカゴノキの大木もある。いろんな樹木があるけれど、食べられる実がなる樹木がわかるようになるとますます山歩きが楽しくなった。山頂と十七烈士の墓にある、濃い紫色の酸っぱい小さな実がいっぱいなる木がシャシャンボという変な名前の木だとわかった時は、ちょっと感動した。クサイチゴやニガイチゴ、フユイチゴなどの野いちごもあるよ。山頂の近くにはシゲ池と小さな龍神池があり、梅雨の頃にはモリアオガエルの卵塊がいっぱい見られる。イノシシやシカ、リスにキツネ、群れからはぐれたニホンザル、ムササビも見たことがある。ほかにもいっぱいあるけれど、書ききれない。僕にとっての天王山は、まさに「宝の山」なんだ。
「天下分け目の天王山」。運命の分かれ目となる大勝負の表現に使われる慣用句。明智光秀と羽柴秀吉が戦った山崎の戦いが由来だそうだが、僕は歴史に詳しくないので詳細は知らない。ともかく天王山は、歴史的にとても有名な山なんだ。自然観察より歴史にロマンを感じる人たちが大勢登ってくる。世の中には自然観察より歴史好きの人の方が圧倒的に多いんじゃないだろうか。僕は歴史に特に興味があるわけではないので、合戦の話を聞いてもすぐに忘れてしまう。でも、山崎の戦いのころの天王山の様子は知りたいと思う。昔は燃料として山の木を利用していたから、京都周辺の山はハゲ山が多かったと聞く。だから、やせた土地を好むアカマツ林が多かったらしい。マツタケが山ほど採れたそうだ。もし当時の天王山がハゲ山だったならば、てっぺんにそびえる山城からの見晴らしはさぞかし素晴らしいものだっただろう。できることなら、昔の天王山の姿をこの目で見てみたいよ。
ずっと昔の天王山。現在の天王山。いつも同じように見える天王山だけれど、長い歴史の中には僕のまったく知らない山の姿もあったはずだ。未来の天王山はどんな姿を現すのだろうか。それを見届けるために、これからも登り続けよう。
これまでの「天王山でひと話咲かせましょうータムさんのお話」全話は、こちらからご覧になれます。
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