天王山が大好きで、いろいろな生きものと お友だちのタムさん。天王山の自然のことを みんなに知ってもらおうと作ったお話
春の気配が感じられるころ、ツバキの木の下には赤い花がいくつも落ちているのが見られる。落花は傷つき、赤い花びらは無惨に変色している。ツバキは花びらが一枚づつバラバラに散るのではなく、花の真ん中にあるおしべとまわりの花びらがくっついて落ちるから、花が丸ごと落下したように見える。この様子がまるで首が落とされたようで、縁起が悪いと嫌われることもあるそうだ。でも、お寺や神社の良く手入れされた庭で、黄色い花粉のついた白いおしべの束を囲む傷ひとつない真っ赤な花びらが濃い緑色のコケの上にポトリと落ちている景色は、日本ならではの光景ではないだろうか。ツバキの花は忌み嫌われるどころか、江戸時代には将軍から庶民まで広く愛好され、観賞用に数々の園芸品種が作られているんだよ。
かつての僕にとって、ツバキはただ花を見るだけの樹木だった。最近はもうひとつ、別の楽しみ方が増えたんだ。ツバキの花が咲くころに、ツバキの木の下にだけ現れる可愛いキノコを探すんだよ。それはツバキキンカクチャワンタケ(椿菌核茶碗茸)という長い変な名前のキノコ。「椿の木の下に出る菌核を作る茶碗形のキノコ」の意味がわかれば、長い名前も覚えられるよ。キノコ愛好家の間では、名前を省略して「ツバキン」なんて呼ばれている人気のキノコなんだ。ツバキの木の近くで野鳥観察していた時にキノコに詳しい人から教えてもらってからこのキノコが気になり、ツバキの花が咲いていれば根元の地面を必ず探すようになってしまったんだ。
ツバキキンカクチャワンタケは、落ち葉の下に隠れてしまうような小さなキノコ。枯れ葉みたいな地味な色合いだから、まったく目立たない。その名の通り、最初はお椀のような姿をしているけれど、最終的にはお椀が広がって平らなお皿になってしまう。皿状の傘の大きさは、大きなものでも2㎝くらいしかないんだ。
僕たちがキノコと呼んでいる柄の付いた傘のような部分は、子孫を残すために胞子を出す子実体という器官なんだ。ツバキキンカクチャワンタケは皿状になった傘の表面から胞子を飛ばし、落ちたツバキの花に胞子が付着して発芽し、菌糸を伸ばす。そして花を分解して、栄養を得て秋に菌核という黒いかたまりを作るそうだ。菌核の形で冬を越し、ツバキの花が咲くころに菌核からお椀状のキノコが出てくる。つまり、子実体の部分が現れて胞子を飛ばす。こういうサイクルを毎年繰り返しては、ツバキの木の下で人知れず生きている不思議なキノコなんだ。だから、根元がきれいに掃除されたお庭のツバキでは見つからない。落ちた花や葉っぱが長年放置されているようなところを探せば、案外簡単に見つかるよ。でも、興味のない人は絶対気づかないだろうね。それはキノコ観察が大好きな人たちだけが密かに愛でる、「春の訪れを告げる妖精」なんだから。
春にツバキの樹下に発生する。傘の直径は0.5~2㎝くらい。
菌核から細長い柄を出して、地表に傘が現れる。ツバキの花が茶色く変色する「ツバキ菌核病」を発生させるため、園芸種の花の価値を低下させることが問題となっている。
これまでの「天王山でひと話咲かせましょうータムさんのお話」全話は、こちらからご覧になれます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
タムさんの本はこちらで販売しています
【春夏秋冬編】 60ページ・文章中心 1,450円
amazon
【春夏編・秋冬編2冊セット】
全ページカラー 春夏編52ページ・秋冬編50ページ イラスト・写真満載 2,380円
Puolukka mill
Pavenature
長谷川書店
手作り雑貨の店hanna
春夏編・秋冬編2冊セット ケース付き
秋冬編・春夏編の表紙
タムさんのお話の朗読コーナーができました!
FMおとくに86.2「koto chika」木曜日8時30分から
季節に合ったお話が1話、朗読されます。
ぜひ、お聞きください。
【掲載紙面】