教育現場で美術を伝えながら、個展や出展を続けていた山本さん。この頃はまだ龍は描いておらず、くちばしや爪のうろこなどの形態が好きで、ハシビロコウなどの鳥を描いていました。しかし、もっと伸び伸びした線や表現がないかと考えていた時に、以前体験したNPO法人墨アートプロジェクトからお声が掛かり、ワークショップ(以下「WS」)を手伝うようになります。
そのWSの内容の一部を見てみましょう。
【墨と墨アート】
発見された壁画から、古墳時代から使われていたとみられる墨。もっぱら輸入に頼っていた墨は、推古天皇時代に墨・紙・絵の具の製法が伝えられて、日本でも製造されるように。
現在も使われている固形の墨は、藺草の芯を植物油で燃やしてできた煤と膠の溶液を練り合わせて揉みこみ、木枠に入れて成型し、圧力をかけて乾燥させたもの。
墨のみで表現する水墨画は、鎌倉時代以降に盛んになります。
現代では、私たちが墨に触れる機会は随分減りました。かつての偉人たちが描いた水墨画を改めて眺めると、「黒一色だけでなぜ、こんなに表現豊かなの?」と驚かされます。その素晴らしさを伝えたいとスタートさせたのが「墨アートプロジェクト」。墨(膠)の特性を活かした方法や技法を国内外で伝えています。
【膠の働き】*文「墨アートⅡ」P5引用
① 濡れているところには書けない。
【墨染め】
② 墨の特性をいかしてできる主な模様には、傘模様やフリル模様、浮き出し模様、立体交差などがあります。
③ 傘模様は「②にじむ」の応用で、何度も加水を繰り返すとできます。浮き出し模様や立体交差は「①濡れている…」の応用。ほかにも刷毛などを変形させて描く連続模様や丸めた紙に描くと現れるちりめん模様、白抜き剤を使う白抜き模様、張った水に墨を落としてできた模様を紙に移す墨流し(マーブリング)模様など、表現方法は多様。時間を忘れて描けそうです。
WSを手伝い始めた山本さんは、まだ墨の扱い方が分からず、「うまく描かないと」という思いが先行していたそうです。しかし墨に触れるうちに、偶然できた形だったり模様だったりを活かして描けることに気づきます。
今でこそ山本さんと言えば龍ですが、当時は「龍は想像上の生き物だからスケッチはできないし、書物や歴史を勉強したり龍の絵や彫像がある寺社などに行って観察したりするものの、迫力のある龍が自分に描けるとは思えず、死ぬまでには挑戦したいなと思っていた」というから驚きです。それが墨と一年ほど向き合っているうちに、龍がしっくりと自分のものになっていったそうです。
「寺社の天井などに描かれた龍を見てもわかるように、顔の表情を前面に出せるし、構図にも決まりがない。空を飛んでいても水の中を泳いでいてもいい。見る側も状況を考えずにパッと見られるモチーフだなと。中国の端龍図の踊る龍などを見ると、すごくユニークで、なんて面白い世界なんだろうと。中国の伝統的に描かれたガチガチの龍でもなければ男っぽくもなく、気楽に描かれている。正解も間違いもない。それに気づいてからは、これは間違っているとか正しいとかを考えずに描いています」。
「うまく描かないと」の呪縛から解かれた山本さんからは次々とあの龍や鳥が生まれ、作品を見に訪れた人を惹きつけていきます。
墨での気づきは同時に「これだったら絵を描く人や生徒たちも気軽に描けるのでは?」という期待となり、授業やWSで染みついてしまった思い込みを取り去り、創作を楽しむ指導へと変わっていきます。7月に大山崎リトルプレイスで行われたワークショップ(「日本画に触れて描く」)でも、その指導で大人も子どももこわごわ動いていた頭と筆がほぐれ、大胆で型にはまらない作品が並びました。
日本画家として、日本画や墨を通じて創作の楽しさを伝える教育者として、活動の幅を広げる山本さん。これからも思い込みに囚われそうな私たちを、ド迫力とユーモラスな龍たちで目覚めさせてくれるでしょう。 おわり
文・オオバチエ
【山本あずみ】大阪府生まれ
京都嵯峨美術大学造形学科日本画分野卒業
京都日本画新展/続・京都日本画親展(美術館えきKYOTO/京都市)/現代の視覚展(三重県立美術館 ギャラリー/津市)/女流5人展(南あわじ市滝記念美術館
玉青館)/個展(gallery マロニエ/京都市)2回・日本南画院選抜秋季展(大阪市立美術館)/大覚寺蓮花曼荼羅天井絵プロジェクト(大覚寺/京都市)・京都日本画新展(二条城/京都市)/大和墨物語展(町家物語館/奈良県大和郡山市)2回
■個展 2024年5/20(月)~6/2(日)
場所:Stadio KAN (京都市右京区梅津後藤町42-3)
■墨のWS 2024年 1/21(日) 詳細裏面
【参考文献】
墨アートプロジェクト「墨アートⅡ」
墨運堂