天王山を歩いていると、ときどきギョッとするようなものに出くわすことがある。雨上がりの谷間の道を歩いていたときだった。大きなツブラジイの根元が二股に別れているところから、鮮やかな赤紫色をした舌のようなものがベロリと突き出ていたんだ。大木に囲まれた薄暗い谷間で一際目立つ異形の物体は、雨にぬれて生々しく光っている。遠目に見ると、切り落とされたばかりの鮮血がしたたるような赤い肉のかたまりが、木にへばりついているようにも見えた。なんとも言えないおぞましい物を見てしまったようで、一瞬背筋が寒くなったよ。
冷静に考えてみれば、木の根元に生肉がくっついているなんてあり得ない。不思議に思って、恐る恐る近づいて観察してみた。雨にぬれた表面はヌルヌルしているように見えたけど、さわってみるとぬめりはない。奇妙な形のキノコのようだ。写真を撮って家に帰って調べてみた。
図鑑で調べると、それはカンゾウタケというキノコだった。キノコは似たものが多くて、識別が難しい。でもカンゾウタケはほかに似たキノコがないから、識別は簡単だった。姿が肝臓に似ているからカンゾウタケ。僕が見たものはきれいな赤紫色をした若い個体だったので、人間の器官にたとえるなら肝臓よりは舌に似ていた。もう少し時間が経てば濃い赤褐色になって、より本物の肝臓に似てくるのかもしれない。肝臓をイメージすると、そのまわりにある胃や腸まで連想してしまい、理科室の人体解剖模型を思い出してしまう。個人的には、もっと可愛いらしい別の名前をつけてほしかったなあ。
僕の持っているキノコの本によると、カンゾウタケは食べられると書いてある。海外では「貧者のステーキ」と呼ばれているらしい。貧者ならば僕には食する資格が十分にあるぞ。ということで、食べてみることにした。
現場に戻り、カンゾウタケをもぎ取ってきた。しかし、いきなりフライパンで丸ごと焼いてステーキにするには、少々ハードルが高すぎる。ほかにレシピはないものかとネットで検索してみると、料理して食べたレポートがいくつか見つかった。どうも野生のキノコ愛好家の間では、人気のキノコらしい。僕の心の中では背筋が寒くなるほど気持ち悪かったキノコが、食べることができる人気のキノコへとガラリと変わってしまった。実際に食べた人によると、その味は酸っぱいそうだ。それまで酸っぱい味のキノコなんて知らなかったから、意外な感想に驚いた。貧者のステーキと呼ばれるくらいだから肉の味がすると思っていたのに、ガッカリだよ。
カンゾウタケはキノコには珍しく、生でも食べられるそうだ。ただし、鮮度の良い若い個体に限るとは思うけど。採取したものは生食できそうだったので、薄くスライスしてみた。スライスした断面には、赤くて白っぽい筋状の模様がある。確かに断面は、霜降りの牛肉のように見えなくもない。貧者のステーキと呼ばれる理由が、なんとなくわかる。気は進まないが勇気を出して食べてみる。当たり前だが肉の味はしない。確かに酸っぱい。これじゃあ「貧者のサラダ」だな。野生のキノコを生で食べるのには抵抗があるし、僕の好みの酸味ではないので、それ以上食べる気にはならなかった。レポートにはバターで炒めると美味しいというのもあったんだけど、それもやめてしまった。
僕の場合、カンゾウタケは食べるより見て楽しむキノコだ。キノコ狩りの対象にはならない。そもそも酸っぱいキノコというものは苦手なんだ。
【補足説明
】
カンゾウタケ
梅雨の時期と秋にシイの木の根元に生える。扇状または舌状の形状。大きなものは20㎝くらいの扇状になる。欧米では食用にされる。肉質は柔軟で赤い汁液を含み、酸味を帯びる。
カンゾウタケは、けっして不気味なキノコではありません。小ぶりで新い個体は、濃いピンク色をしている可愛いキノコです。天王山では5月から6月ごろに見られることが多いです。
これまでの「天王山でひと話咲かせましょうータムさんのお話」全話は、こちらからご覧になれます。
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