こんにちは。山崎在住のおりこのかずひろと申します。地元の話や映画や本の話を中心にゆるく語るこのコーナー。
今号は手品のお話。
梅田の地下三番街にマジックショップが一軒、ひっそりとあります。文字通り、そこにはマジック(手品)の道具が並べられ、専用のカウンターがあり、マジシャンが実演するブースもあります。ただ正直に言うと、そこで誰かが買い物をしているのをあまり見たことがありません。実演もたぶん土日しかやっていないのだろうし、壁面とショーウィンドウに展示してある派手な商品と売り文句とは裏腹にある種の近寄り難さがあり、平日の夕方頃には大抵誰もいません。そのお店の背後にあるファンシーなセレクトショップは、マリオやマインクラフトなどの流行り物でどんどん内容が変わっていくのに、そこはずっと一定のまま。もしかして本物の魔法のように、この店は僕にしか見えないのではないだろうかと思うこともありますが、もちろんそういうわけでもなく、たまに道具を眺めて手に取り、内容を確認するカップルや、その筋(?)らしきお客さんがたむろしています。どうも、この店が見えて、気にしているのは僕だけではないようです。
実は我が家には、定期的にマジック(手品)ブームが来ます。頻度はせいぜい年2回程度ですが、突然、春の訪れのようにブームが来ます。引き出しのトランプを取り出して、見よう見まねで手品の練習を開始します。僕は手先が全然器用ではないので、種丸出しのコメディ・マジシャン、「ナポレオンズ」さんスタイルです。披露したところで賞賛はなく、得られるのは笑いのみ。日々、そんな手品をご賞味いただいております(息子は、人体が浮かぶような大技を出したいそう)。それでも今は、動画でたくさんマジックのやり方を紹介してくれているので、簡単なものなら誰でもすぐに会得できます。多いのはトランプのカードを引いてもらって、そのカードを当てるというものか、物体をコインが通り抜けるタイプのものです。たまに種が分からないのもあって、見ているだけで楽しめます。
さらに、世の中にあるマジック的なものにも目がなく、例えば遊園地や科学博物館のトリックのあるものが好きです。昔は、よく連れて行ってもらった「ひらパー」のミラーハウスや傾いた部屋のキャッスル、ソファに座った自分が回転する錯覚を覚える「回る部屋」などが好きでした。姉が絶叫マシンの「バイキング」を5回連続で乗っている横で、僕は5回連続ミラーハウスに入り、鏡の異次元体験を堪能していたものです。鏡に自分の姿がいくつも映し出される中で、おでこを何度もミラーに打ちつけて、追い出されるまで遊んでいました。
小説や映画でも、マジックがらみのものは良く読んだり見たりしています。特に好きなのは、クリストファー・プリーストという作家の、ずばりそのもののタイトルである「奇術師」(「プレステージ」という映画にもなりました)。それから、みんな大好き「スティーブン・ミルハウザー」が書く魔術的な小説群は、人生の愛読書。エトガル・ケレット作の、手品師がパーティーで死んだウサギを出してしまう「ハット・トリック」という短編もたまりません。
このように、生活レベルではとことん役にたたないであろう、不確かで、世界の見方を少し変えてくれるマジックのようなもの、そういうものにいつも出会いたいと思っています。特にここ最近は世情なのか、マジカルなものが減少しつつあることを感じており、少し寂しいです。フィクションの世界でも、伏線の見事な回収がよく褒められますが、僕が好きなのは種が開示された後に残るもの、回収という言葉だけでは片づけることができないものです。むしろ回収されない余白、それが物語の肝ではないかとも思っています。分かりすぎるぐらい分からないと、今は読んでもらえないという話を聞きますが、それだと物語の幅が狭くなっているように思います。少なくとも僕は、いつだって知らない所に連れて行ってくれて、そのまま置き去りにしてくれるものを求めています。
そんなことを考えているうちに、到来した我が家のマジックブーム。これはもう行かなければという気持ちを抑えきれず、思い切ってマジックショップで店員さんに声をかけてみました。すると、その人は実は常駐マジシャンで、実演をしてくれました。ないはずの現金を封筒から取り出したり、スプーンをぐっと曲げたり。彼によれば、今は静かなるマジックブームなんだそうです。とりあえずグッズを選び、カードで払うと告げると、別の場所の普通のレジへ誘導してくれました。できれば手品で決済してほしかった。いずれにしても、シルクハットの彼と並んで買ったのは、「全てのカードが同じになる」トランプです。解説によると不器用でもOKとのことなので、これでバシッとキメて、家の人の度肝を抜いてやろうと思います。
【プロフィール】
おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。
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