野鳥に興味を持ちはじめたころは、姿を見ただけで名前がわかる鳥はスズメとメジロ、それにヒヨドリとツバメくらいだったかな。普段見かける黒いカラスにもハシブトガラスとハシボソガラスの二種類がいることも知らなかったんだ。だから、野鳥のことをもっと知りたくて、野鳥に詳しい人が大勢いる探鳥会に参加するようになった。そうして少しずつ、鳥の名前や習性を覚えていったんだよ。
探鳥会で教えてもらったいろんな野鳥を、とにかくいっぱい見たいと思っていた初心者だったころの春のこと。双眼鏡を首からぶら下げて意気揚々と天王山に登ったものの、野鳥の姿を見つけられず、「ヒーヨ、ヒーヨ」と鳴くヒヨドリの大きな声を聞いただけで下山した。双眼鏡をリュックにしまい、むなしい気持ちのままふもとの公園のベンチに座って、ぼんやりと桜の花を見ていた。七分咲くらいだったかな。それでも、ものすごい数の花が咲いていた。花はしっかりしていて、風が吹いても花びらが散ることはない。あと数日で満開なので、そよ風に桜吹雪が舞うころにもう一度ここに来ようと思いながらながめていたら、数羽の緑色の小さな鳥が枝先にぶら下がるような格好でチョロチョロと動いている姿が目に入った。公園にいるのは僕だけ。ボーッとして、ただ静かにベンチに座っている人間の存在など、この鳥たちはまったく気にしていないようだ。花から花へ飛び移り、楽しそうに遊んでいるかのように僕には見えた。
こちらの気配に気づかれないように、たぶん気づかれてはいるのだろうけれど、ゆっくりと慎重にリュックから双眼鏡を取り出し、緑色の鳥を探してピントを合わせる。鳥の眼の周囲に、白いリングがはっきりと見えた。メジロだ。次から次へと花を移動しながら、細いくちばしを正面から花の奥へ差し込んでいる。遊んでいるのではなくて、花の中にある何かを食べているように思えた。その後、ガヤガヤと騒々しい花見客がやってくるまで、たっぷりとメジロの行動を観察させてもらったよ。
自宅に帰ってメジロについて調べてみると、メジロは桜の花の奥にある甘い蜜を食べていたことがわかった。メジロの舌の先は細かく枝分かれしていて、フサフサした毛筆のようになっている。蜜のような液体を舌にからませてなめるのに適した構造なんだ。とんがった細いクチバシは、小さな花の奥へ舌を差し入れるのに有利な形状だったんだよ。
ヒヨドリも花の蜜が大好物。メジロと同じような構造の舌を持っていることもわかった。さらにスズメも桜の花の蜜を食べることを知った。スズメのクチバシは太いので、花の正面から差し込むことができない。枝についている花を食いちぎり、花の根元の蜜がある部分をクチバシでかみつぶして蜜を食べるそうだ。後に満開の桜にいたスズメが、花を切り取って落とす様子を見た時には驚いたよ。行儀の悪い食べ方だけれど、花をくわえてからカジカジして、ポイと捨てる仕草の可愛らしいこと。シジュウカラやヤマガラも花を切り取って蜜のあるところをつついて食べるそうだ。桜の木の下に花が丸ごと落ちていたら、桜を見上げて犯人を探してみよう。ほかにも蜜を食べにくる野鳥がいるかもしれない。
一人でじっくりとメジロを観察することで、いろんなことがわかって面白かった。野鳥の姿や行動を実際に見て観察した後に、その鳥についての疑問を調べてみると、とても良い勉強になる。探鳥会で詳しい人から教えてもらいながら観察するよりも理解が深まるような気がするんだ。少なくとも僕の場合はその方が合っている。野鳥の話で盛り上がる探鳥会も良いのだけれど、今では一人でのんびりと野鳥観察することの方が楽しくなった。おそらくそれは、桜の花にやってくるメジロを観察したおかげなのかもしれないなあ。
【補足説明】
インターネットで「メジロ 桜」「スズメ 桜」などのキーワードで検索すると、蜜を求めて桜の花にやってくるメジロやスズメの写真や動画がたくさん見つかります。動画で予習してから桜を見ると、いつもと違う面白いお花見になるかもしれませんよ。
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