山麓に住む知り合いから「今年は蛍の発生がすごいよ」と聞いて、山崎にある観音寺(聖天さん)へ撮影に行ったことがあります。場所は西国街道から境内へと続く長い階段の横の林で、春に桜がたくさん咲くあたりです。有名な蛍スポットではないので、その夜は一人だけの独占状態でした。
闇が深いのがよかったのか、確かに木々の間に蛍が多数飛んでいるのがよく見えました。しめしめと撮影していたのですが、とにかく暗い。そして怖い。神社の雰囲気が怖い。特に鳥居が怖い。蛍が逃げるので照明をつけるわけにもいかず、真っ暗闇に一人です。ただその中で唯一ずっと光っているものがあり、それはぽつんと立つ例の電話ボックス(あれですよ、あの電話ボックス)。それがひたすら怖い。もし今、あの電話が鳴ったらどうしよう、うっかり出て「絶対に振り向くな」とか言われたら、失神しそうです。そんな風にビクビクしていると、突然背後で施設のポンプらしきスイッチが入ったらしく、ブオーンという大きな音が。というわけで、その蛍動画には、僕の「ヒィ」みたいな変な声も入っています。「蛍キレイ」という前に、場所が怖すぎました。
恐怖でぶれる例の電話ボックス(真夜中)
まぁ怖いといっても、特に何かが見えるということもなくただ単に怖いだけで、僕は霊感みたいなものは全く持ち合わせていません。物語を作るということをやっているのだから、少しぐらいそういう能力があっても良さそうなのに、見事にありません。むしろ「にぶい」と言ってもいいぐらい。
でも、持っている人は持っているようで、後輩に霊感が強い子が数人いて、一度「見える話」をしてくれたことがあります。一人の女の子は、過去に事件があったのが「見える」らしく、一度殺人事件に協力したことがあると話していました。姫路城近くで殺人があったらしいです。ええ、彼女見えるって。もう一人の男の子は、ベッドで寝ていると床から天井まで階段が出来て、そこを人がずっと上り下りしているのが見えたとか。ええ、彼も見えるって。話していたのは夜だったので相当怖かったのですが、驚きなのは、そんな話をしている彼らが「うん、うん、わかる」とあっさり受けて入れていることでした。「日常だよね、そんなの」みたいな感じです。それから僕が話す番になり、霊的なエピソードがなくて困ったのですが、怖い話じゃなくてもいいのであればと前置きをして、前々から妙だと思っていることを話すことにしました。
話はこうです。子供の頃から、ずっと夢に同じ女の人が出てきます。姿形は毎回違うものの、同じ人であることが何故か分かります。最初に出てきたのは小学校の頃で、当時、実は別に母親がいて、その人が呼んでいるのかと思っていました。それから、中学、高校でも夢に同じ人が出てきました。その時はきっと運命の女性で、いつか出会うのだと思っていたものの、結局出会えていません。この話にオチはないのですが、彼らに披露すると、「へぇ」というリアクションでした。ちなみにこれを書いているのは、最近また同じことが起こるからです。どうも自分に、もう一人子供がいる気がしていて、それがその夢の人と同じ人に思えます。彼女の名前はサキ、娘です。実際には娘はいないのですが。時々、同じ食卓にいる気がしています。
ずっとそうなので、それを全然変には捉えておらず、これが僕の日常です。誰かのそういう話を聞くにつれ、僕らは他人とは共有しづらい何か別の日常をそれぞれ抱えているのではないかと考えることが増えました。整いすぎた街並みや、正論すぎる意見にリアリティを感じないのは、この見えない日常が取りこぼされてしまっているからではないかとも思っています。
【プロフィール】
おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。
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