真夏の天王山は暑い。ヤブ蚊には刺されるし、野鳥の姿は見えないし、ちっとも楽しくないので、桂川や淀川の河川敷を主に散策している。名神大山崎ジャンクションあたりから高槻の鵜殿のヨシ原まで、自転車でのんびり走りながら河川敷の自然観察をするのが僕の定番のコースだ。
広々とした河川敷を貫く、きれいに舗装された道路は、一般の自動車やバイクは通行禁止。散歩やジョギング、自転車での散策に最適だ。ただし日陰がないので、炎天下は避けて朝夕の涼しい時間帯に散策しよう。
この時期の河川敷で特に目立つ植物は、つる草のクズだ。細かい毛のびっしり生えた丈夫なつるには、ひらひらした大きな葉っぱが3枚ずつ付いている。
つるは他の植物にからみついて日光を求めて上へ上へと伸びていき、元から生えていた植物を大量の葉っぱでおおってしまう。四方八方から伸びてきたつるにからみつかれ、てっぺんまでクズの葉っぱにおおわれた高い木の姿は、まるで巨大なクズのお化けみたいだよ。こうしてクズの葉っぱに日光をさえぎられた植物は光合成ができなくなり、弱って枯れてしまうんだ。
河川敷では、クズが繁茂している領域が拡大し続けている。かわいいカヤネズミが巣を作るオギの草原も、クズにおおわれて面積を減らしているんだ。クズは地上部を刈り取っても、地下にある栄養を蓄えた根から再び芽を出して伸びてくる。一度根付いてしまうと、駆除するのがとても困難な植物なんだ。
アメリカでは、牛の飼料や斜面の土砂の流出防止のために、やせた土地でもよく育つクズを積極的に導入した。その結果、気候がクズの生育に適した南東部ではすさまじい勢いで繁殖し続け、今や手に負えない侵略的外来種になってしまったんだ。つるがぐんぐん伸びて壁をはいあがり、家を丸ごとクズの葉っぱでおおってしまう。在来の植物を駆逐して、あたり一面クズしか生えていない不自然な草原が出現する。驚異的な繁殖力で生息域を拡大し続けるクズは、「グリーンモンスター」と呼ばれて恐れられているそうだ。でも、よく考えてみると、あてがわれた土地で懸命に生きているクズには何の罪もない。自分たちの都合の良いように身勝手に植物を利用している「人間」こそが、「モンスター」だと僕には思えるんだけどね。
悪口をたくさん書き連ねたけれど、クズは奈良時代の万葉集の和歌に詠まれるほど昔から人々に親しまれている秋の七草。地中深くにある、たっぷりとデンプンを蓄えた太い根からは、和菓子作りに欠かせない「葛粉」が採れる。また、その根は「葛根」、紫色の花は「葛花」と呼ばれて生薬の原料になる。長く伸びたつるからとれる繊維を織り上げると、「葛布」という布にもなるんだ。クズは、人々を幸せにする価値のある素晴らしい植物でもあるんだよ。
【補足説明】
■クズ
マメ科クズ属のつる性多年草。北海道から九州までの日本各地に普通にみられる。冬には葉が枯れてつるだけになる。房状に咲く紫色の花は、グレープ味の清涼飲料の香りがする。葛布は静岡県掛川市の特産品。
これまでの「天王山でひと話咲かせましょうータムさんのお話」全話は、こちらからご覧になれます。