結婚して山崎に住む決め手になったのは、「駅前にパチンコ店がないこと」でした。JR山崎駅前の素朴な街並みを気に入って「ここだね」と2人で即決しました。引っ越してきた理由に長らくこのパチンコ店についての説明をしていたのですが、「どうもしっくりこないな」とずっと思っていました。何か重要な事実を見落としているのです。

そうしたところに先日、「おりこのさんの作る話って、いつも駅のプラットホームが出てきますよね」と後輩が指摘してきました。確かに昔書いた話を確認すると、プラットホームがやたらと出てきます。困ったら駅のホーム、盛り上げたかったらホーム、愛も裏切りもホーム、犯人を追い詰めるラストも駅のホームじゃないですか。そういえば、初めてまともに書いた小説のタイトルからして「雨とプラットホーム」だったし、唯一映画で撮影したことのある「キスシーン」もJR岸辺駅のプラットホームでした。言われるまで気が付かなかったのもどうかと思いますが、この発見に納得してパチンコ店についての説明に加えて「山崎駅のホームが気に入ったから」と答えるようにしたら、しっくりきました。遊園地のベンチや図書館の通路など、僕はどこでも眠ることができますが、そこにプラットホームを新たに加えたいと思います。目隠しと数枚の毛布さえあれば、たぶん住めます。

ご存じのように、山崎駅のホームは本当に素敵な場所です。ホームからの坂のある街並みと竹林の眺めが良く、伸びていく線路の曲線が実に美しい。休日のようなホームの雰囲気も素晴らしいし、京都と大阪の境目がホームの途中にある面白さもあります。阪急大山崎駅のホームもなかなかですが、景色を遮る風防がいただけない。電車が傾いて止まるのは高評価ではありますが、加点はそこまでです。よくホームの端っこで電車の写真を撮っている人を見かけますが、「撮るべきものは君たちの後ろにあるのだよ」とつぶやいています。もうホーム好きすぎて、ミドルネームを足した「おりこの・プラット・かずひろ」と名前を変えてもいいぐらいです。語呂が「ブラピ」みたいですし。
ところで、何かの時に職場でこの山崎駅が話題になりました。「そもそもどこにあるか分からない」とか「夜のホーム暗すぎて、空中に電車止まったかと思った」とか「駅不要論」まで出てきてかなり不人気でしたが、ある上司が「俺はよく知ってるよ、その駅」と言い出しました。彼によると、若い頃に山崎駅でデートをしていたことがあるというのです。もう30年前のことだけど、と。
「俺は京都で働いていて、彼女は大阪だった。ちょうど山崎駅が二人の住む場所の中間で人も少ないから、仕事が終わると駅まで来て、会っていたことがあるんだ。ホームの待合室とか駅舎の中で終電まで話をして帰るだけ。ほんの数時間だけだったけど、よくホームで彼女が到着するのを待っていたな。あの駅ってまだ同じまま?」
それを聞いて僕は、町に伝わる「京都のカエルと大阪のカエル」の話を彼に教えました。京都と大阪それぞれに住むカエルが、お互いの町見たさにはるばる歩いて来て、中間の天王山山頂で出くわす話です。そこで二匹は目的の町を見ようと立ち上がるのですが、目が背中についていたので、実際に見ていたのは自分の町だったというオチです。「なんだ、自分の町と変わらないじゃないか」と二匹はがっかりします。「その話になんだか似ていますね」と。
結局、その上司は忙しくて駅に来れなくなり、彼女とは別れたそうです。残念ながら、現代版カエル話はハッピーエンドではありませんでした。「当時は自分のことで精いっぱいだったから、相手のことを考える余裕がなかったんだ」とも言いました。「たぶん俺も目が後ろ向きだったんだ」と。
こうしてまた、せつなくロマンチックなプラットホームのエピソードが僕の脳裏に刻まれました。おかげで今日も電車を待ちながら、僕はホームのことを考えています。もし駅で、やたら目を細めて遠くを見つめる人がいれば、それはおそらく、「おりこの・プラット」ではないかと思ってくれて構いません。たぶん「プラット」は、そこでまた別のプラットホームの話を作ろうとしているのでしょうから。
【プロフィール】
おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。
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