そろそろ冬の気配が近づいてくる秋の終わりごろ、島本町にある椎尾神社から天王山に登ってみた。
JRの踏切を渡り、サントリー山崎蒸溜所の建物を左手に見ながら歩道をまっすぐ進むと、椎尾神社の参道だ。いつものようにお参りをして、社殿の裏にある急斜面の細い山道から登山開始。この先にはいくつかルートがあるが、沢沿いの道をたどって尾根に出ることにした。
両側を山にはさまれた狭い谷間の沢沿いの道は、日当たりが悪いので湿っぽい。見晴らしの良い場所もないから人気がないのだろうか、登山者に出合うことが少ない静かなルートだ。だから、ゆっくり歩きながら好きなところで立ち止まり、じっくりと自然観察ができる。秋から冬にかけて出てくる食べられるキノコを探すには、ちょうど良いルートなんだ。
お気に入りのキノコは、ヒラタケとウスヒラタケ。どちらも広葉樹の枯れ木や倒木、切り株などに多数が重なり合うように生えている。冬に採れるヒラタケは、肉厚で大人の手のひらほどもある立派なキノコ。ウスヒラタケは、その名の通りヒラタケを薄く、小ぶりにしたキノコだ。どちらも見つかれば、たくさん採れるのでありがたい。でも、程度の良い食べごろのものに出合えることはなかなかないんだ。
ウスヒラタケ
この時は、運良く沢のそばの切り株と倒木に群生しているウスヒラタケを見つけた。切り株に重なるように生えているものは、食べごろの最良のものだった。切り株からていねいにナイフで切り取り、袋に入れてゆく。あっという間に袋がいっぱいになったよ。倒木には切り株の数倍はウスヒラタケが生えていたけれど、我が家にとってはもう十分な量を採取したので、そちらはながめるだけにして残しておいた。
ヒラタケについては、平安時代後期に編さんされたであろう「今昔物語集」に、次のような面白い説話があるんだ。
藤原陳忠という平安時代の貴族が、任地での務めを終えて京に帰る途中、乗っていた馬とともに深い谷に落ちてしまった。従者たちが心配していると、落ちた谷底から「縄を結わえたカゴを降ろせ」と声が聞こえる。カゴを降ろして上げてみると、カゴの中はヒラタケでいっぱい。再びカゴを降ろして上げると、今度はヒラタケを持った藤原陳忠がカゴに乗って上がってきたんだ。自分の命が危ないというのに、落ちたところで偶然見つけたヒラタケをカゴいっぱい採ってしまう。どんな時でも利益になるものは逃さない。転んでもただでは起きない藤原陳忠の強欲さを揶揄したお話なんだけど、ヒラタケがどれほど魅力的なキノコだったのかもよくわかる。ヒラタケは平安時代の昔から、人気のある優秀な食用キノコなんだよ。
枯れ木にびっしりと生えている美味しそうなヒラタケを見つけたら、カゴいっぱいに採ってみたいと思う気持ちはよくわかる。もし僕が藤原陳忠と同じ状況になったとしたらどうしただろう。やはりヒラタケをカゴいっぱい採るだろうなあ。でも、採るのは僕自身じゃなくて、従者の人に頼んで採ってきてもらうけどね。
■ヒラタケ
晩秋から春にかけて広葉樹の倒木や枯れ木に発生する大型のキノコ。低温に強い菌なので、雪が降る季節にも発生する。色は灰色や褐色。
■ウスヒラタケ
夏から秋にかけて広葉樹の倒木や枯れ木に発生。ヒラタケに似ているが肉が薄く、小ぶり。色は白っぽい灰色や淡い褐色。
■今昔物語集
編者未詳。平安時代後期に編さんされたであろう、全31巻からなる説話集。藤原陳忠の説話は巻28第38話「信濃守藤原陳忠落入御坂語」。
掲載紙面⇩

Vol.50のP3に掲載
