僕は昔から口が軽いところがあり、たまにネタバレして困らせる状況を作ってしまいます。「口が軽い」というのは言い過ぎのような気もしますが、要するに、素晴らしい映画を見たり本を読んだりした時に、誰かに言いたくなる気持ちが強すぎるようです。「感動エネルギー」とでもいうべきものを内側に止めておくことが難しいために知らずに口の端から漏れ、うっかり内容を話してしまっています。
さらに、お酒が入るとギアが上がって「褒め上戸」となり、相手が誰であろうと、好きなものを褒め上げはじめます。目に涙を浮かべて体を前に乗り出しながら、どれほどその作品が素晴らしいかを切々と語ります。「あなたは作者の親戚か何かですか?」というぐらい迷惑な勢いになり全身に震えがくることもしばしば。そして、ついでにといいますか必然的に、きっちりネタバレさせてしまう大変やっかいな人と化してしまいます。
そういう人のためにインターネットがあるのでしょうが、あまり性に合いません。SNSやネット上にはレビューサイトがありますし、自前のブログもたまに書くのですが、どうもネットで批評や感想を述べても気持ちの安定にはつながらないようで、あまり熱心に書き込んだことがありません。対面重視の謎のこだわりです。
もちろん、僕自身が逆にネタバレをくらったこともあります。最近で言うと、遅ればせながら昨年話題になった映画「鬼滅の刃 無限列車編」を映画館に見に行こうとしていた前日。所用でこのツム・グ・ハグを制作している大山崎リトルプレス事務所に立ち寄ったのですが、とある方からネタバレをくらいました。彼女いわく、「ああ鬼滅ね。あれ、漫画の最後に禰豆子ちゃんは、●●になるから」という映画の本編をはるかに超える「全集中」のネタバレをくらいました。しかし、それを言った本人が一貫して「にやにや笑い」だったため、これは何というか、担がれているのではないか?という可能性を否定できず、後で映画の続きである漫画9巻以降を読み通しましたが、「あのネタバレは本当に正しいのだろうか?」というサスペンス的面白さも加わり、ずっとひりひりしていました。
一方で、ネタバレしても全く問題ないパターンが二種類あります。一つ目は「ネタバレしたところで覚えていない、何故か完璧に忘れている」というもの。僕にとって覚えていない最高の作品を挙げると、H・G・ウェルズが1898年に発表した「宇宙戦争」。次点は「地球の静止する日」いう物語です。ちょっとネットで調べたらオチぐらいすぐわかるのでしょうが、面白がって今も調べていません。「宇宙戦争」は何年か前にトム・クルーズ主演の映画がありましたし、今度新作もできるみたいです。確か火星人が攻めてきて、あれやこれやする話だったと思うのですが、最後を全然覚えていません。ネタバレどころか、実際に本も読んだし、映画も見たと思うのですが。それから「地球の静止する日」も、原作の成立過程がかなりややこしい(映画用の大まかな筋があり、それに合う原作を探したそう)こともあり、混ざりあってこれもまったく覚えていないというのが現状です。目から何か飛び出す、超合金ロボみたいなのが出てきたような気はするのですが、記憶がありません。ともあれ、何度でも味わえる金太郎さん物語とでもいうべきなのか、記憶消去ムービーというべきなのか、これはこれで楽しめるものです。
そしてもう一つは、ごく限られた作品たち。そう、ネタばれしても全く問題ないぐらいダントツに素晴らしいという作品です。例えば、アメリカの作家ポール・オースターの小説で、「マン・イン・ザ・ダーク」という作品があるのですが、その中で小津安二郎の映画「東京物語」を引用するくだりがあります。あれよ、あれよという間に数ページ語りつくし、「東京物語」のすばらしさを伝えてきます。オースターの失敗(と思われるの)は、この引用する文章がとびきり素晴らしい出来で、語られている映画の解釈と内容が濃すぎて、その場面ですっかり感動してしまい、先に進めなくなるということでしょうか。他にもウィリアム・トレヴァーの作品「遺志」のような名短編。これを盛大にネタバレさせるのは、同じくアメリカのローレンス・ブロックという作家です。「ベストセラー作家入門」という、わりと恥ずかしい邦題タイトルの本で、プロットとアイデアの違いを説明するというセクションで、全編きっちりとネタバレさせています。「これから作品を読むかもしれないみなさんの楽しみを台無しにするかもしれないが」という前書きと共に、もれなくばらします。完璧な作品であれば、物語はそうそう駄目になるわけでもないという主張です。肝心のプロットとアイデアの違いが何なのかは忘れましたが、このあらすじだけは僕には鮮烈でした。
この意見に同意するように、やらかしてしまった場合は僕も言い訳として使用しています。「名作というものはね、ネタバレごときでダメにはならないものなのさ」と。しかし、この発言の効果は蚊が刺す程度もの。なんなら、キレて巣から飛び出てきた蜂のごとく、よけいに怒らせること確実です。ネタバレさせたときの相手の怒りと悲しみたるや、かなりものです。一度妻に「私を離さないで」というカズオ・イシグロの話をうっかりネタバレさせてしまったときは、しばらく口を聞いてくれなくなりました。おそらく一生言われると思いますので、くれぐれも気をつけたいところです。もし、あなたが今、面白いものを読んでいるなら、なるべく人との接触を避けてください。僕のような人とは特に。最後にこの記事が何もネタバレさせていないことを祈りつつ、今号の話は終わりと致します。ではでは、お互い気を付けましょう。
【プロフィール】
おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。
Vol.49のP3に掲載