京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎で、リトルプレス「大山崎ツム・グ・ハグ」など印刷物を作っている大山崎リトルプレイスです。このブログでは「大山崎ツム・グ・ハグ」記事を中心に紹介しています。 https://www.o-little-place.com/
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。

 今から20年ぐらい前、京都の河原町で食事をする機会があり、大通りに面したイタリアンレストランに入りました。そのレストランは階段で地下に降りていくスタイルで、看板も飾りも素っ気ない感じです。入口のドアを開けると、フォーマルな服を着た紳士が迎え入れてくれ、外からは想像できないぐらい店内は広く、座席は50席近くありました。赤レンガと石材模様の壁面で、店内は中世の城のような雰囲気があり、カウンターにはワインがずらりと並んでニッチにはトマト缶が積み上がっていました。


 当時まだ妻ではなかった妻と僕は、店内中央のテーブル席に案内されました。その席には当然のようにロウソクが灯されており、演出はごく自然でした。飾り窓向こうのキッチンでは、シェフがピザ用の生地を伸ばしているのが見え、食欲をそそります。案内してくれた執事のような方が、にこやかにオーダーを取りに来る。食事を楽しむことをそのお店で初めて覚えました。24歳ぐらいのことです。 


 それまで食事というものは、僕にとっては単なるエネルギー補給に過ぎず、理想は宇宙食やビタミンてんこ盛りの飴とか、そういうものでした。食べ方も基本的に一気食い。口に頬張れるだけ頬張り、飲み込む野獣食いです。それがかっこいいし、それでよかったのですが、そのレストラン体験で心底考えが変わりました。その日も、最初はがつがつとした食べ方をしていたのですが、ふいにその店内では「僕以外は誰も急いでいない」という事実に気が付き、手が止まりました。店員も他のお客も、向かいに座るまだ妻でない妻も誰も全く急いでいない。そう気が付くとフォークを置き、口の中のものをじっくり味わいました。出てくる料理は明らかに質の良い食材で、たまねぎはみずみずしく、トマトソースはシンプル。生地はしっかりしていて、サラダの野菜は大地の味がする。


 あの紳士も視界には常に入っているものの、皿を下げに来ず(そもそもテーブルが広くて必要ない)、適当にしかテーブルに来ません。となりの席に座っていたのは老夫婦のカナダ人(これは推測)で英語が聞こえ、まるで外国ドラマの中のよう。一度も頼んだことがないのに、食事の途中でワインをオーダーしたぐらい、心からくつろぎました。そして会計も驚くほど安かった。あまりに素晴らしかったので帰り際にそう伝えると、「ありがとうございます。またどうぞ」と簡潔な一言のみ。


 そこから食べること、さらに料理そのものに興味を持つのは早かった。僕は全く料理をしない人で、せいぜいできるのは「リンゴをむく」程度でしたが、やがて料理もするようになり、今では週2、3回は夕食をつくります。レシピはクックパッドがあるので困りませんが、それに頼りすぎているのが、悩みどころです。週のどこかで必ず訪れる「残り物を組み合わせて何とかする」という日にはノーアイデアに陥ります。


 そこで先月から、山崎駅前の「レリッシュ」の森かおるさんに料理を習いにいくようになりました。宇宙食で全く問題ないと思っていた僕が料理を習うなんて、人生は分からないものです。教えていただいたのは、派手で見栄えのする料理ではなく、森さんらしい、素材を活かしたシンプルな日常料理です。そういう雰囲気と料理を好むのは、あのイタリアンレストランの影響が大きかった。本当に良い出会いでした。


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 しかし、お店そのものについては、続きの苦い話があります。数年後、妻と結婚した日(婚姻届けを出した日)にあのレストランに行ってみようということになったのですが、出向くと見事に店がなくなっていました。お店があったはずの場所には黒背景に金ぴか文字のボードが張られ、クラブのような店になっていました。近くを探すも全く見つからず、お店は完全に消えていました。確かにお客さんは少なかったし、回転率を全然考えていなさそうなマイペース営業だったのでつぶれたのだろうと思います。でも、諦めきれずに探しましたがどうしても見つからない。仕方がないので近くにあった別のお店に入って食事をしましたが、料理、サービス、雰囲気の全てにおいて、あの店には遠く及ばない。せっかくの記念日が台無しで、結婚の先行きが不安になるほどに落ち込んだのを覚えています。


 今でも食事をしたり料理をしたりする時には、あの店のことを思い出します。今のところ結婚生活は破綻なく続き、不安な予感は予感のままで何も起こっていません。そして僕はといえば、あの店の雰囲気を再現すべく料理をつくっています。適度な料理をつくって、少しずつ腕を上げて、たまにはロウソクに火を灯して。


 さて、今日のメニューは「ミートソースのパスタ」です。それと「地元産の野菜サラダ」も。お皿を並べて、にこやかに。そう、この時間はゆっくり、食べるのもゆったりと、あの店のように。などと思い返しながら、楽しい料理の時間を過ごしています。

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【プロフィール】

おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。

 

これまでのお話はこちらから全話ご覧になれます。 



【「幻のレストラン」紙面】


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【Vol.48 表紙面とP2で掲載】
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