ひとりの女の子が周囲の価値観に流されることなく自分の生きる道(画家になる)を見つける物語、『おおきな なみ』には、主人公「ハティー」のほか何人かの女性が登場します。
ハティーの「ママ」は、ドイツから新天地アメリカに渡り材木商として成功した夫から最高級の品と暮らしを与えられ、それを当たり前として生きる女性です。姉娘が自分と同じような「きれいな花嫁さんになるのよ。」と言えば、「そう、それがいいわね。」と鷹揚にうなずき、お客が来れば贅沢な料理でもてなし、画家の父親が描いた絵画を披露します。芸術一家に育ち、自らもピアノを教えるほどの腕前を持つ彼女の宝物は、この父の絵と夫に送られた紫檀のピアノです。
「与えられること」で満ちたりる人生は、19世紀ヨーロッパの良い家柄の娘たちのそれそのもの。それ以外に女性の幸せがあるなどとは、決して考えません。だから末娘のハティーにも、ことあるごとに自分の価値観を受け継がせようとします。ピアノが上手くならないハティーが「口笛ならふけるわ」と言えば「女の子は、口笛なんかふかないものよ。」とたしなめ、「女の子たちに、針仕事をおしえ」、毎晩のように「ハティーのまっすぐな髪がカールするように、カーラーをまいて」くれるのです。
でも、ハティーの夢は「絵を描く人になること」。周囲に「なれっこない」とからかわれても、彼女はその想いをしっかりと心に抱いて成長します。
ひとり、ハティーを理解してくれたのは、住み込みの料理人の娘の「ちびネズミ」でした。彼女にも「学校の先生になる」という夢がありました。ふたりは秘密を打ち明けあい、支えあいます。
ちびネズミは、幼いころから母親を手伝って給仕や家事をしているので、ハティーとは立場的には「主人の娘」と「使用人」でした。しかし、ハティーと年が近いらしいちびネズミは常にハティーの近くにいて、ハティーが描く絵を誉めてくれました。ハティーの身の回りの世話もし、風邪をひいてベッドにいるときに食事を持って来てくれるのもちびネズミなら、描いた絵を壁に飾るのを手伝うのも彼女でした。彼女の夢を支えてくれたのは、家族ではなく、このちびネズミだったのです。
もうひとり、このおはなしには重要な人物がいます。ハティーが両親に付いて出かけたオペラのステージに立っていた歌手の女性です。身も心も、自分のすべてを吐き出して歌う彼女の姿を見て、ハティーは理解します。自分にも、身も心も、自分のすべてを吐き出して絵を描くことに向き合うときが来たことを。
すぐに美術学校への入学手続きをしたハティーは両親にこう伝えます。「わたし、画家になることにきめたの」。「おじいさまのようにね」とにっこり微笑む母に、ハティーも笑顔でこたえるのです。「ううん、わたしはわたしよ」(‶Just like me.‶)。