京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎で、リトルプレス「大山崎ツム・グ・ハグ」など印刷物を作っている大山崎リトルプレイスです。このブログでは「大山崎ツム・グ・ハグ」記事を中心に紹介しています。 https://www.o-little-place.com/
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。

 子供の頃、僕はよく忘れ物をしました。一番多く忘れたのは雨傘で、朝に雨が降って日中にやんだ場合、ほぼ100%の確率で置いたまま帰っていました。傘がないことに気が付いた母親に怒られて、学校に取りに戻らされます。戻るときは悲しかったけれど、放課後の雨のやんだ途中の道は、それほど嫌いではなかったと思います。


 息子が生まれ、遺伝なのか何なのか、彼もよく忘れ物をします。一番忘れるのは水筒で、持って行った水筒をそのまま学校に忘れてきます。聞くと、机の横にかけていてつい置き去りにするそうで、「いっそのこと、机の上にずっと置いておいたら」と言います。心配になって担任の先生に相談すると、「子供なんてそんなもんですよ」という返事。そういうものらしいです。


 そういうわけで、何か忘れた場合は母が強制したのと同じように、僕も取りに戻らせます。遊ぶ時間がなくなるので息子は玄関で盛大に悲しみ、時に泣き崩れます(文字通り崩れる)。でも、自分が子供だった時の気持ちを押し殺し、必ず取りに行かせます。「これは君と僕との約束だから」と。ただ自分の時と違うのは、一緒に取りに行くこと。昨今は、低学年の子を一人で外に行かせることは推奨されていません。だから一緒に行きます。昔は公園なんかに野良犬がざらにいたような気もしますが、今は全く見かけません。


 ひとたび外に出ると、息子の機嫌はたちまち良くなります。切り替えが早い、そういう子みたいです。急ぎ、自転車に乗って、スーパーに寄り道することもありますが、大抵は「歩いていかない?」と息子を誘います。

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行程はせいぜい20分程度。近道の西国街道は車がたくさん通るので、くねくねした路地を通って学校へ向かいます。数年前なら、ここは乳母車や抱っこ紐で一緒に通っていた道です。夕日
を浴びた田畑を横目に、彼は今では僕の横を歩き、歌を一緒に歌ったり、今日学校であったことを話してくれたりします。やがて歩くのに飽きてくると、ふざけて僕の肩に手を置いて引っぱってもらおうとします。そんな息子を引きずりながらも、僕はこの途中の散歩時間が楽しくて、たぶんずっと覚えていると思います。息子にも同じようにこの時間を覚えていて欲しくて、色々話します。


 でも、息子は途中の景色は全然見ていません。というより、子供たちはみな途中が大嫌いです。すぐに「まだ着かないの?」と責めてきます。それでも風景や、何でもない時間の良さを知ってほしくて、「見える物しりとり」をします。川、綿雲、桃安売りとか。でも子供というのは、いつも先に目的地に着いていて、物事の間を全然見ようとしません。途中にいて、もがいているのは大人だけ。


 最近、大きな忘れ物を、もがきながら取りに行きました。5年ほど前に「家路」という映画を制作した時、登場したお医者さん(演じてくれたのは、ツム・グ・ハグでもおなじみの楠木さん)を主役にした話を書きました。というか執拗に「俺、まだ終わってないねんけど」と登場人物が言ってくるので、小説にすることにしたのです。結局書き終えるのに1年以上かかりました。時間があまりなかったので、書いていたのは通勤時。だから読むと、阪急電車に揺られているような気がします。


 さて、息子と水筒を手に入れ、寄り道して買ったソーダ味のアイスを食べて、ようやく家に帰り着きます。手洗いをして、水筒を洗って棚にしまいます。忘れ物はあるべき所に、楽しい記憶と共に収まります。遅くなってしまったので、僕は夜ご飯の準備で、彼は宿題です。包丁とまな板を取り出しながら「今日は、何が楽しかった?」と尋ねます。でも返事はなく、彼は黙々と漢字を書くばかり。終えるとできるゲームのことでも考えているんだろうなと思っていたら、ふいに顔を上げて「明日は、キウイのやつがいい」と言ってきます。「明日?」と僕は聞き返します。「明日も忘れるの?」と。彼は笑顔を向けます。どうやら彼は、明日も何か忘れてくるつもりらしいです。


【プロフィール】

おりこのかずひろ。山崎(島本側)在住(15年目)。私的山崎観光案内所運営、映画「家路」監督。一児の父。基本的にサラリーマンですが、物書きでもあります。


 これまでのお話はこちらから全話ご覧になれます。


掲載紙面⇩

このへんの人々


Vol.50のP2に掲載

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