京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎で、リトルプレス「大山崎ツム・グ・ハグ」など印刷物を作っている大山崎リトルプレイスです。このブログでは「大山崎ツム・グ・ハグ」記事を中心に紹介しています。 https://www.o-little-place.com/
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。

 僕が幼い頃、故郷の田舎の家の前は田んぼだった。田植えが終わったばかりの水を張った田んぼには、規則正しく列をなして植えられた早苗が、水面からちょこんと小さな葉っぱを出していた。風のない晴れた日には、その田んぼの水面に青い空と白い雲がくっきりと映る。足下に大空が現れるんだ。白い雲の中を尾をふりながらオタマジャクシが泳いでいる。大空が田んぼなのか、田んぼが大空なのか。早苗田に現れた異空間を、あきずにながめていたことを覚えている。その田んぼは、とうの昔になくなってしまった。なつかしい昔の思い出だ。


 僕が現在住んでいる大山崎町にも田んぼがある。田植え前後の水を張った田んぼの鏡のような水面には、今も変わらず青い空と白い雲がきれいに映し出される。うれしいことに、阪急京都線のそばの田んぼでは、子供の頃には見ることのできなかった水面を流れるように走る電車の鏡像が見られるんだ。なかでも僕が一番好きな景色は、田んぼに映る電車の夜景だ。


 線路に沿う田んぼのまわりには街灯がない。付近の住宅の明かりがわずかに見えるだけ。近くにある小さな踏切の警報機が「カンカンカン」と鳴りだす。「ゴトゴトゴト」と電車の走る音が聞こえてくると、暗闇の中に電車の窓からもれる光の帯が現れる。車窓の明かりと田んぼに映る上下が反転した車窓の明かりの鏡像が、一対の光の帯となって闇の中を走り抜けていく。夜空に大輪の光の花が咲いたと思ったら、あっという間に消えて元の暗闇に戻ってしまう打ち上げ花火のような、はかない二本の光の帯。夜道を歩いていて、偶然に出合ったこの光景を目にした時、その美しさに見とれて足がとまった。誰もいない真っ暗な川沿いの道にたたずみ、数分おきに通過する上り下りの電車の明かりを見続けたんだ。


 この光景が見られるのは、田んぼにたっぷりと水が張ってある田植えシーズンのわずかな期間。しかも条件が良い時だけなんだ。雨が降ったり、風が吹いたりして水面にさざなみがたってしまえば、きれいな鏡像は見られない。稲が伸びてくると一面が緑の田んぼとなり、水面は見えなくなってしまう。田んぼの水鏡は、身近にあるのになかなか気づかない、ちょっとした絶景じゃないかと僕はひそかに思っている。


 少し視点を変えて見ると、近所の見慣れた風景の中に、思いもよらない美しい光景を見いだすことがある。それは、乗り物で移動している時には見過ごしてしまうようなもの。そういう光景を見ることができるのは、たぶん一人で歩いている時ではないだろうか。


 四季折々の変化を肌で感じながら、急がずのんびりと歩く。何か気になるものを見つけたら、立ち止まってみる。そんなふうに歩いている時には、自分だけの宝物ような光景に出合えるんじゃないかな。そして、住んでいる街のことを、もっともっと好きになれるような気がするんだよ。


電車の夜景の水鏡


 

【補足説明】 

早苗田 田植えが終わったばかりの田んぼのこと。


 

これまでの「天王山でひと話咲かせましょうータムさんのお話」全話は
こちらからご覧になれます。


掲載紙面⇩
田んぼの水鏡


Vol.48のP3に掲載
Vol48_ページ_2

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