京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎町で、リトルプレスやチラシを作る『大山崎リトルプレイス』での日々
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。

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ドッチア窯(現リチャード・ジノリ陶磁器会社)に暗雲漂い始める

「1878 年、ロレンツォ2世が亡くなり、長男カルロ・べネデット・ジノリ・リーシ(以降べネデット)が後継ぎに。べネデットは工場長パオロ・ロレンツィーニ(以降パオロ)の支えを得ながら、万国博覧会に出品し続け、直営店は4店舗が加わり6店舗になるなど順調やった。

余談やが、パオロの父親はジノリ家の料理長、母親はメイドとしてジノリ家に仕え、兄はジノリ家の援助で学校に通った。その兄は、のちに『ピノキオの冒険』を書いたカルロ・コッローディ(本名カルロ・ロレンツィーニ)なんや!それが縁で、リチャード・ジノリ社には、ピノキオシリーズがあるんや。


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パオロが1891年に亡くなると、べネデットは工場を仕切ることができず、さらに兄弟間で工場分割の話が出るなどしたため、ドッチア窯は方向性を失い、1896年イタリア北部で台頭していたミラノの陶磁器メーカー「リチャード社」と合併。これによりジノリ家5代にわたるドッチア窯の幕は閉じられ、「リチャード・ジノリ陶磁器会社(以下ジノリ社)」が誕生、会社は大企業へと飛躍を遂げていくんや。 

この時代のヨーロッパはアールヌーボー様式(=イタリアでいうリバティ・スタイル:花やつるなどの植物と、曲線・曲面を自由に組み合わせた装飾や図案)全盛期。ジノリ社は、ミラノの第一線で活躍するグラフィックデザイナーのジョンバニ・ブッファを迎え、形と装飾が一体化したデザインの作品を次々と発表。1902年のトリノ万国博覧会に出展し、絶賛を博す。特に「孔雀の壺」は超絶技巧ゆえ制作されたのは2つだけ!

第1次世界大戦を機にアールヌーボーは廃れ、戦後、ジノリ社は芸術性を統一するため、若き有望なアーティストを迎える。古きを取入れ新しきを創りだす天才の登場や」。つづく

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第3の壺

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