京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎町で、リトルプレスやチラシを作る『大山崎リトルプレイス』での日々
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。
おはようございます、大山崎ハグです。

今日は、「ル・ノーブル亭主の徒然なるままに」のご紹介
イギリスの陶磁器ブランド・ウエッジウッドの歴史を綴る2話目です。

ツム・グ・ハグでは書けなかったお話をひとつ。
ジョサイア・ウエッジウッドは、右膝の悪化で何度か高熱を出すんですが、
トーマス・ウイールドンの工房で働いていた時にも
何か月にもわたって高熱を出した時期がありました。
その時に彼の治療にあたったのが、
エラスムス・ダーウィンという若い医師でした。
ダーウィンでピンときましたか?
そう、『種の起源』を書き、進化論を唱えた
チャールズ・ダーウィンのおじいちゃんにあたります。
ちょっと覚えておいてくださいね。
後々登場するかもしれませんから。

では、2話め、どうぞ。

『女王陛下の陶工』と呼ばれた男  ~天ハ自ラ助クル者ヲ助ク~ ②

 29歳ジョサイア、会社設立

 亭主様、父親の死、天然痘による足の後遺症、共同経営の失敗と、災難が続いたジョサイアでしたが、立ち上がっていったんですか?
 「もちろん!彼が次に向かったのは、35歳で実力のある陶芸家との共同経営。彼の名はトーマス・ウィールドン。懐の大きい男で、陶芸の技術はもちろん工房の経営も教え、ジョサイアが個人的に研究することも許したんや。   
    1759年、ウィールドンとの5年の契約を終えたジョサイアは叔父からお金を借り、従弟で腕のある陶工トマスを職人として雇い、地元で自分の工房を持った。『ウェッジウッド社』の始まりや。
 まず取り掛かったのは、カリフラワーやパイナップルなど野菜や果物の形を取り入れた陶器。この形の器はすでにマイセンなどが磁器で作っていたが、ジョサイアは、地元の土を混ぜた乳白色の素地「クリームウエア」でポットや茶入れを作り、自ら開発した透明度の高い緑と黄色の釉薬で色付けした。
 ちょうどこの頃、風景や花模様などの絵柄を銅板に彫り、インクを塗って紙に印刷。それを器に貼り転写する銅板転写という技法が開発された。ジョサイアは、さらになめらかさと白さを求め改良したクリームウエアの食器に、この技法で印刷し販売した。
 この2つの目新しく、磁器より丈夫で安価な陶器は、磁器を手に入れられなかった階級の人たちの間で人気となったんや。
 銅版転写会社への仕事の依頼や材料の買い付けなどでリバプールをよく訪れていたジョサイアは、そこで生涯の友で、ビジネスパートナーとなる男と出会うんや」。  つづく 


太っ腹な実力派陶芸家との実りある共同経営
ウエッジウッド上イラスト2

独立!地元の土で丈夫で安価な陶器を民衆へ
ウエッジウッド下イラスト2

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