京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎町で、リトルプレスやチラシを作る『大山崎リトルプレイス』での日々
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。
おはようございます!大山崎はぐです。

昨日もいいお天気でしたね。
世間はお花見一色ですが、
河川敷は黄色1色ですね

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タムさんに教えてもらったんですけど、
これ、からし菜っていうんですって。
菜の花の仲間だそうです。

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花がつぼみ状になっているからし菜の先は柔らかく
手でぽきっと折って、ゆでて料理として大活躍してくれます。


さて、今朝はヨーロッパ3番目に出来た陶磁器工房ドッチァ窯、
現在のリチャード・ジノリの歴史記事『第3の窯』第3話目をお送りします。

本文の方は下記テキストでお読みください。

 *ー*ー*ー*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*

 ジノリ伯爵のドッチア窯では、ウィーンから招いた絵付師たちの指導で職人と作品の種類が増えていったんでしたね。
 「絵付けでは、『グランデューカ』や『レッドコック』のように多色を用いる作品が生まれたな。形もカップにポット、煙草入れ、スープ入れ、ステッキ握りなど多岐にわたった。フィギュリン(陶磁器で作られた人形)では、フィレンツェの彫刻家を中心に、小さなものでは『カッチーネ(争う動物の小群像)』『カラモージョ(戯画的に人を小さくした像)』、大きなものでは古代彫刻をモチーフにした磁器像やモニュメントなどに挑戦。後世に残る作品(ドッチァ美術館にはその多くが残っています)を作っている。
 また、工房の技術の向上のために絵やデザイン、彫刻の学校を創設したり、イタリアの伝統『マジョリカ焼き』も制作した。
 こうした取り組みの結果、絵付け、フィギュリン共に高い評価を受けるようになり、マイセンやウィーン磁器工房と肩を並べるまでに成長したんや。
 1757年、工房の基盤を築き、発展させたカルロ・ジノリ侯爵が55歳で急死してしまうんや!しかし、跡を継いだ長男・ロレンツォ・ジノリも父に遜色ない活躍ぶりで、土の改良を重ね、工場を増設するなど意欲的に工房を運営し、職人は100人を超すまでになった。各国の君主、名家から注文が入るようになり、実験的で高コストの大きな作品作りはやめ、食器セットや小さなフィギュリンなどを中心に制作・販売するようになっていったんや。ジノリを代表する『イタリアン・フルーツ』が誕生したのもこの頃やで」。 つづく

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