京都と大阪の府境にある小さな町・大山崎町で、リトルプレスやチラシを作る『大山崎リトルプレイス』での日々
今日もリトルプレス『大山崎ツム・グ・ハグ』の制作に励んでます。。。

こんばんは!大山崎ハグです。
みなさんの休日はいかがでしたか?

Chi*puiさんは、この土曜日、久しぶりに
レトロ建築のぷちガイドをしたそうです。 

5年ほど前に『大山崎ツム・グ・ハグ』で、
気になる昭和のレトロ建築をいくつか紹介、連載したんですが
今回ガイドしたのは、その連載の一番最初に登場した建物です。

そのことがきっかけで、京都のまち歩きツアー
京都まいまい」のガイドもしたchi*puiさんですが
やってみると、自分が思っていたほど簡単ではなくて、
少々取材したぐらいの知識や歴史認識で、
2時間近くお話してまわることは難しく、内容も浅くて
参加者の方に申し訳ないやら、自分に情けないやらで
2回ほどでやめちゃったらしいんです。

それからガイドはもうやめておこうって言っていたのに。

今回は、1か所だけ10分程度ということで
引き受けることにしたそうです。

     名刺兼お土産がわりにツムグハグとときたま手帳をセット


大山崎に引っ越してきて間もないある日、
散歩か自転車で走っていたのでしょうね。

chi*puiさんの目の前にこの風景がぱっと広がり、
「何?この建物…陸に浮かぶ軍艦みたい」
そう思ったそうです。

 この写真は、何年か前に撮影したもの。


目の前の空き地の雑草の緑と建物のグレー、
窓枠などに用いられているペパーミントグリーン、
そして果てしなく広がる空の真っ青。
このコントラストが好きで、いつみてもすがすがしく
何か話かけるように見下ろしてくれているような気がするそうです。

そのずっと気になっていた建物が、
『大山崎ツム・グ・ハグ』をすることになって、
取材できる幸運に恵まれたんですね。

人造切断砥石を作っている日本プラスチック製砥株式会社
(通称:日プラ)の建屋で、昭和35年に建てられた昭和建築です。

取材時には、一番古くから勤務されている方にも
お話を聞けたのですが、その方で入社が昭和36年。
この建物が建つ以前のことはあまりわからず、
大正生まれで、第2次世界大戦を経験した社長が
丈夫な建物を建てようと、自ら設計図を引き
社員とともに建てたと聞いたそうです。

取材時の録音テープもメモも残っておらず、
chi*puiさんは、このガイドをするにあたって、
『大山崎町史』で
日プラに関わりのある事柄を
さがしてみたら、
数か所記録があったそうです。

ざっと書くと。。。

昭和初期、大山崎にも工業化の波が訪れ、
昭和12年にこの会社がJR山崎駅の東側にできました。
同じ頃に隣町の島本町では、サントリーウィスキー山崎工場や
大日本紡績山崎工場ができていました。
その年に日中戦争が勃発。
次第に戦時体制が引かれ、それらの工場も
軍需工場への転換を求められていきました。

日プラは、陸海軍省の指定工場となり、
従業員100名を超すまでになっていきました。

同じくサントリーウィスキー工場は、
軍納入用のウィスイキー製造や黒糖を使った航空機燃料製造、
大日本紡績山崎工場は、軍需衣料や航空機体部品を
製造するようになっていきました。

第2次世界大戦に突入し、末期にもなると、
大山崎の上空を舞鶴や大阪に空襲に向かう
アメリカ軍機が飛び交うようになります。

軍の指定工場になっていた日プラも
標的になってもおかしくなかったのですが、
幸いにも大山崎町が空襲に見舞われることはありませんでした。

そんな戦争経験があって、初代社長は、
頑丈な建物を作ろうと自ら設計図を引き、
社員とともにこの建屋を作ったのでしょうね。

こちらは、昨日、参加者の方が撮影してくれた写真。
雑草はきれいに刈り取られ、空は曇り模様。

さて、建物に話をにもどすと、
出窓状になっているところは、お手洗いになっていて、
洗面台などは変わっているものの、貼られているタイルは当時のまま。
また、窓にはシャッターのような雨戸がついていて、
台風の時には、壁にある大きな鍵穴にレバーを差し込み
手動で回してシャッターを下ろします。
結構な力仕事で、汗だくになるそうです。

会社の玄関口から見ると、事務所からその建屋に向かうのに
渡り廊下があって、それがいい具合にフレームになって
うまくいくと、向かいの男山と 阪急電車、
新幹線が走る光景が飛び込んできます。

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働く人にとっては、やはり新しい、
使い勝手のいい建物で働きたいもので、
取材当時も早めの改築を望んでいはったそうです。
いつか近いうちに消えちゃうんだと思うと
この場所を通って、この建物を見上げるたびに
「あー、まだいてくれた」と思うようになりました。

社員の方や町内の多くの人には、ただの建物でも
町外の方やレトロ好きのものにすれば、大山崎の名所。
身勝手な話ですけど、出来る限り、
長く残ってほしいなとchi*puiさん同様、
僕も思うのです。


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